作曲家、そして、脚本家

掛川を拠点に、全国での活動は続く。

work ethic #005

ふぁそら合同会社 代表

まき りか

Maki Rica

#音で物語を紡ぐ #移住者として #強みを仕事に #つくり続ける人

2025年1月、掛川のまちに一人の女性が移住しました。その方は作曲家、脚本家としてミュージカル舞台をはじめ、様々な作品を生み、全国をまたにかけてご活躍するまきりかさんです。
インタビューは掛川での暮らしから始まり、ご自身のご活動の軌跡や働き方、現在執筆されているお仕事の話まで、話題は多岐にわたりました。

掛川は30軒目の我が家。地域産品でもてなす民宿ごっこを楽しんで。

主人の転勤がきっかけとなり、掛川での暮らしが始まりました。私の人生は引っ越しの回数が多く、今回の移住はちょうど30軒目の家でした。生まれて初めて大きな古民家での暮らしを経験したのです。北海道出身で高校卒業までは道内にいたため、瓦屋根の日本家屋は遠い存在。暮らすことへ憧れがあって選びました。今は掛川市内で別の家に引っ越しを終えたばかりですが、1年間面白い経験をしました。

何と掛川での暮らしが30件目とは驚きです。日本家屋での暮らしはいかがでしたか?

飛行機から見下ろす富士山

東京や県外の友人たちが遊びに来ると、民宿ごっこと称して我が家に泊まってもらい、掛川の食材でもてなしました。野菜もお肉もお魚も新鮮なので、素材を活かすシンプルな調理法でごちそうになる。食の面で静岡は魅力のある土地だと思いますね。JAの産直に案内するとみんな喜んでくれます。茶摘みや酒蔵などのツアーも企画したり、今では掛川の観光スポットもけっこうわかるようになりました。

掛川暮らしの様子(左:庭先でのBBQ 右:友人を案内したキウイフルーツカントリーJAPANでは茶娘姿で茶摘みを体験)

作曲と脚本を並行して舞台を作る。独自のクリエイティブスタイルができるまで。

まきりかさんは作曲家や脚本家として第一線でご活躍です。特にミュージカル界では、作曲と脚本の両方を手掛けている方は希少のようですね。どういった経緯でこのようなスタイルを確立されたのですか。

キャリアの原点は、記念受験で受けたゲーム会社の作曲家枠でした。800人中2名という狭き門で、同期はコンテストの優勝者。デモテープすら作ったことがなかった私にとって、驚きのスタートでした。初めて手掛けた仕事は、人気ゲーム「桃太郎電鉄」の楽曲です。今でも世代を問わず「あの曲を作った人!」とすぐに打ち解けられる、私にとって最強のアイスブレイクになっています。

その後、次のステップのためにコンサル会社へ転職しました。試験の要素があることも知らなくて説明会に手ぶらで行ってしまいましたが(笑)、鉛筆をお借りして回答したテストと感想文、作曲家としてのキャリア等が評価され、企画や編集、広報を経験することになりました。

28歳で独立し「文章が書けて曲も作れるなら、両方いっぺんにやってみたら?」と周囲に勧められたのがきっかけで、ミュージカル制作を始めました。今のスタイルは与えていただいた仕事に応えるうちに確立されていったんです。
日本でオリジナルのミュージカル脚本を書く人間は数人ですが、作曲まで並行して手がけるのは世界的に見ても稀な存在です。現在ではそうした活動が実を結び、ミュージカル作家として広く認知していただけるようになりました。

キャリアの積み方が非常にユニークです。その土台となる才能や努力は、どのような幼少期に培われたのでしょう?

「脚本に必要な人間観察の力」と「音楽の力」は、子ども時代に培ったものですね。
小中学校時代は親の転勤で2~3年おきに道内で転校を繰り返していました。新しい学校という「完全なアウェイ」では、クラスメイトの人となりや友人関係を見極めないと安心して過ごせません。おのずと人を観察する癖がついて、今の仕事に直結する力に繋がったのだと思います 。

一方でピアノは、引っ越し先の先生方に「音大を目指せる」と期待され、中学まで打ち込んでいました。レッスンは古典楽曲でしたが、一人で留守番をするときに即興演奏に没入するのがとても好きでした。その時間が、今の作曲の原点になっています。
転校の度に1から人間関係を築かないとならないのも、新しいピアノ教室ごとに指導が変わるのも、今振り返れば過酷な子ども時代でした。だから今があるとも言えますが、よく頑張ったな、と思いますね。

子ども時代の苦労や努力は計り知れませんが、確実に今に繋がっているのですね。最後に、仕事のこだわりや今後の展望についてお話いただけますか

これまで作品制作をはじめ様々な仕事をさせていただきましたが、大きなこだわりがあるというよりも、与えられたクリエイティブの機会を無理なく楽しんできたという感覚です。生まれた作品をもとに新たなオファーをいただいて、それに対してポジティブに取り組んで。その繰り返しが今につながっています。

実は今、掛川市をモデルにしたラジオドラマを執筆しています。架空の都市の物語として書いていますが、地域の人が聞けば掛川だとすぐに気づくんじゃないかな。
ラジオドラマの面白さは、聞く人によって想像する景色がそれぞれ違う点です。この物語を受け取った人がご自身で情景を思い浮かべてくれるのが楽しみですね。

取材・文:高橋 咲月(コンセプト株式会社)

もうひとつの横顔

『音結人』

まき りかさん

幼少期から音楽の才能を発揮していたまきりかさん。なんと音楽を聞けば覚えて弾けてしまうという特技があり、休み時間の教室ではまきりかさんのオルガン演奏でクラスメイトが流行曲を歌ったそうです。
今でも数千曲の演奏が可能だとか。「掛川で出会った友人たちと集う夜には、私のピアノで歌を楽しむこともあるんですよ」と無邪気な笑顔を見せてくださいました。
今も昔も音楽の力で人とつながるのは、仕事だけではないようです。

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