唄う茶農家
お茶が音楽のつながりを生み、音楽がお茶の可能性を広げていく
work ethic #006
石神農園みどり茶屋 代表
石神 敦樹
Ishigami Atsuki
日本有数の茶産地として知られる掛川市。このまちで、個性的な活動を続ける農業者がいます。自然体のまま、流れに身をまかせて。みどり茶屋の石神敦樹さんは、茶農家であり、音楽家でもあるという、独自のスタイルで存在感を示しています。
興味本位のスタートから、音楽家たちをつなぎ、商品もを生み出すことに
茶農家の3代目であるとともに、地域の音楽イベントの企画者という二つの顔をお持ちです。まずは音楽との出会いを教えてください。
きっかけは高校時代、バスケ部の仲間で組んだバンドでした。「面白そうだから混ぜてよ」と言ったのが全ての始まりでしたね 。キーボードとして、メンバーと好きな曲をジャンル問わず演奏するのがもう楽しくて 。大学時代も愛知県で音楽を続けました 。
興味本位で音楽を始めた自分が、まさか地元の音楽家たちをつなぐイベントを企画する立場になるなんて、思ってもみなかったですね。

イベントの企画はどういった経緯で始めたのですか?
実家を手伝うために掛川に戻り、しばらくして音楽活動を再開すると「演奏する場所がない」ことがわかりました。当時の掛川にはライブハウスがなくて、同じ悩みを持つ音楽愛好家もたくさんいました。場所を探す中で、道の駅での路上ライブとか、駅前通りのイベントに参加できないかとか、外部に働きかけるようになりました。

地域で音楽に取り組むたくさんの人とつながり、人脈を拡げる中で、茶農家ならではのコラボ商品を開発をされたんですよね。

オリジナルのフレーバーティーです。アイドルグループからグッズ開発の相談を受けて提案しました。
音楽活動をする上でグッズはとても重要ですが、ファンにとってCDを何枚も買うのは大変です。同じグッズを何個も買うことも難しい。かえって、お茶のような「消えもの」ならリピートしやすいですよね。静岡のアーティストにとって、遠征先に地元のお茶を持っていくことは説得力がありますし。
僕が作った和紅茶をベースに、アーティストがフルーツやお酒の香りを選んでオリジナルフレーバーティーをつくる。
遊び心のあるお茶は、アーティストにもファンの皆さんにも好評です。「自分もつくりたい!」というアーティストの声も届くようになりました。
以前から紅茶やフレーバーティーもつくっていたのですか?

茶農家として栽培から加工、仕上げ、販売までを自分の手で行っていますが、もともと扱うのは緑茶だけでした。
実験的に和紅茶を作ったとき、フレーバーやハーブなど、無限大の組み合わせができるフレーバーティーならではの面白さを知ったのです。
茶農家ですから、「何も混ぜないお茶が一番うまい」と考えがちです。でも紅茶には緑茶とは全く別のおいしさや魅力があり、「どちらも良いじゃん!」って。
ライフスタイルや時代の変化に合わせて、ちょうどいいところを柔軟に決める茶農家としてのスタンス
もともと家業の茶農家を継ぐつもりだったのでしょうか?
3人兄弟の末っ子で、家を継ぐなんて考えてもいませんでした 。ところが姉と兄が別の道に進んだので、とりあえず自分が掛川に戻り、農繁期だけ実家を手伝い出した。そんな流れです。
JAの青年部に入ったことで一気に人脈が広がり、役職を担う中で次第に農業が自分の軸足になっていきました。青年部で新たな音楽仲間と出会い、音楽を再開したのもこの時期です。
宿命というより、流れに身を任せていたら辿り着いた、という感覚ですね。お茶の繋がりで音楽の出会いがあったり、音楽でお茶の専門性が生かされたり、不思議と交錯していて面白いものです。
お話を聞いていて「身を任せる」という言葉がしっくりきます。緑茶の現状は決して楽観できるものではないと聞きますが、気負っていらっしゃらないというか…。

今は自分一人でできる一町ほどに茶畑の規模を縮小し、一番茶のみ「機械が壊れるまではやってみよう」というスタンスです 。
相場の動向はもちろん気にしますけど、一喜一憂はせず、自分で納得できる分だけをつくり、自分で売る 。ライフスタイルや時代の変化に合わせて、ちょうどいいところを柔軟に決めるのが、現代の農家としての自分の流儀かもしれません。
これから先のことも、深く考えてはいないんです。今までも目の前のやりたいことをやり続けてみて、自分が何か変わったわけでもなく、結果として茶農家と音楽家のスタイルがある。それで十分なんじゃないかな、って。
取材・文:高橋 咲月(コンセプト株式会社)
もうひとつの横顔
『茶音人』
石神 敦樹さん
実は石神さん、農協青年部時代に「青年の主張」の全国大会に出場した経験があります。
スピーチ後の余興として、音楽仲間と共に日比谷公会堂のステージに立ち、そこで披露したのはなんと「茶娘」の衣装に身を包んだ女装姿での生演奏。
「一発で覚えてもらえるから」と笑う石神さんですが、その強烈なインパクトが縁を呼び、後の街中音楽イベント『ケットラ市』への参加に繋がりました。
今のイベント企画で見せる細やかな気配りの裏には、自ら体を張って場を盛り上げてきた「全力の遊び心」という確かなルーツがあるのです。