医療を、もっと日常の中へ
偏りを大切にしながら見えない世界を補い合う
work ethic #010
掛川東病院 院長
宮地 紘樹
Miyachi Hiroki
病院がビールをつくる。マルシェやDJイベントを開催する。
一見すると、医療とは少し距離のある活動にも見えるチャレンジの背景には、「このままでは、地域医療が立ち行かなくなる」という強い危機感がありました。
知らない間に、健康へと近づいている

病院の外へ出て、行政や市民団体、学生など様々な人との接点をつくりながら、プロジェクトに取り組んでいる背景には、どんな思いがあるのでしょうか。
今、医療費はどんどん上がっているし、人口が減少している地方では病院の赤字も増えています。このままいくと、今まで当たり前に受けられていた医療サービスが、受けられなくなる時代が遠くない未来にやって来ると思っているのです。
近くの病院がなくなり、受診したくても受けられない。そんなことが、地方では少しずつ現実になり始めています。病院だけで地域の健康を支えるのは、もう限界があるのです。その時に必要になるのは、地域の中で支え合う文化です。
でも、病院の中から「10年後の健康のために今から運動しましょう」と言っても、人はなかなか行動できない。
だからこそ、医療が病院の中だけにあるものではなく、もっと自然に日常へ入り込んでいく必要があるなと。
その“日常へ入っていく”ための方法が、今の活動なのですね。
そうですね。
病院がクラフトビールをつくったり、マルシェを開いたりすると、「なんで病院がそんなことを?」って思われることもあります。でも、一見ユニークな活動が、自分の中では全部つながっています。
イベントを通じて、今まで病院と接点のなかった人が地域医療に触れる。ビールをきっかけにつながりが生まれる。「病院って、治療だけをする場所じゃないのだ」と感じてもらう。
そういう小さな接点が、結果的に地域医療を支えることにつながっていくと思っています。
今、病院の中でも少しずつボランティアが増えていて、お話し相手になってくれる人や、一緒に絵を描いてくれる方も増えてきました。もちろん、医療行為はできません。でも、誰かがそばにいて話を聞いてくれるだけでも、患者さんにとってはすごく大きな支えになります。
その分、看護師は看護師にしかできない仕事に集中できる。
病院のことを病院だけで抱え込むのではなく、地域の人も少し関わる。逆に、僕らも地域へ出ていく。
そういう“持ちつ持たれつ”の関係が、これからの地域医療には必要だと思っています。

研修医時代に経験した「美しさ」へのトラウマ
多種多様な方々とプロジェクトに取り組む中で、宮地さんがこだわっていることはありますか?
もちろん、人に喜んでもらえるのは嬉しいです。でも、利他の気持ち以上に、“自己表現できているか”“デザインが美しいと思えるか”を大切にしています。
美しさの定義は、人によって全然違うと思うのですが、自発的により良い選択を促すナッジみたいな設計が僕は好きです。面白そうだから参加してみたら、結果的に健康につながっているとか、お祭りの光や音楽のリズムに合わせて心臓マッサージが体験できるとか。
自然に行動を後押しするような仕組みに、美しさを感じるんですね。
はい。でも、美しいという言葉には少しトラウマがあって。
研修医時代、外科の先生から、教科書通りにやっているはずなのに「美しくない」と指導されたことがありました。
「ちゃんとやっているのに、何が違うのだろう」とすぐにはわからなかった。でも振り返ると、見た目の綺麗さや無駄のない所作以上に大切にしている、自分らしさやこだわりの塊、哲学みたいなものを美しさと表現したのではないのか、と。
すごく怖い先生でしたけど、その言葉が今でも残っていて…。
自分が企画やプロジェクトを考える時も、「それは美しいか?」という感覚を大切にしています。
様々な活動を続ける中で、変化を感じることはありますか?
はい。予防医療や地域で支え合う仕組みづくりといった、今までにない医療のカタチに対して、最初は戸惑いの声も少なくありませんでした。
医療の世界って、失敗が許されない世界なのです。そのためにマニュアルがあったりガイドラインがしっかり整備されていたりします。一方で、まちづくりや地域活動は正解のない世界。失敗を恐れず何度もトライすることでしか道は開かれません。
異なる価値観にストレスを感じる場面もありましたが、国の医療制度も変わり始めていて、“開かれた病院・地域と一緒に健康を支える医療”へと少しずつ流れが出来ているように感じています。


(取材・文:JUNKitamura/掛川市地域おこし協力隊)
もうひとつの横顔
『越境人』
宮地 紘樹さん
学生時代、バックパックを背負って見知らぬ異国の地を踏みしめた原体験。
「知らない世界に触れることが、自分のエネルギーの源泉なのかも」と、宮地さんは言います。
目的地を決めすぎないこと。変化を受け入れること。その土地で出会った人と景色の中で、自分を少しずつ更新していくこと。
家族旅行から海外の医療現場視察まで、今もカメラを片手に未知の場所へと向かい、まだ見ぬ価値観へと飛び込み続けます。
未知の世界へ踏み出し続ける姿勢は、人や地域に向き合うまなざしにも、自然と表れているのかもしれません。