原動力は「面白いから」。
愛されつづけるまちの牛乳には、ポジティブな想いが詰まっている。
work ethic #003
しばちゃんランチマーケット 代表
柴田 佳寛
Shibata Yoshihiro
掛川駅から車で北に20分。
原泉地区の柴田牧場には、どこかふるさとを感じる暖かさがあります。
多くの人が愛称のしばちゃんと呼ぶ、ご主人の柴田佳寛さんの流儀は、人も農も動物も、自分の手で関係を築くことでした。
農業は、将来なりたい仕事ではなく、すでに生活の一部だった。
掛川の牛乳と言えばしばちゃん牛乳、というイメージの方が多いのではないでしょうか。原泉地区の河川敷にある「しばちゃんランチマーケット」ではソフトクリームやミルクのスイーツを求めて日々たくさんのお客さんが足を運ぶまちの名物スポットです。
ふるさとの原泉地区で農業に従事しようと思ったのはいつ頃だったんでしょうか。
中学生の頃には、どうやったら原泉を舞台に農業で稼げるのかを考えていました。
爺ちゃんや親父の時代、原泉地区は自給自足に近い暮らしが一般的だった。
各家庭が少しの田んぼと畑と茶畑を耕して、家畜の世話をしてね。そういうところには子どもがやるべき仕事があって、自分の場合は家に数頭の牛がいたから、乳しぼりをしたり絞った牛乳を冷やす手伝いが日常の中にありました。
地域全体がそんな暮らし方だったからさ、子どもの頃から土を触っている人生しか想像できなかったんですよ。お弁当持って農作業に行く姿が1番だと思ってたしね。

農業へ進むことはごく自然な選択だったんですね。酪農も当時から考えていたんですか?
もともとは有機農法がやりたくて農業者大学校へ進みました。地域の人たちが安心して食べれるものを、人間的なお付き合いもできる距離で作りたかった。
当時は国の規制が厳しくて自分で絞った牛乳を自分で販売できなかったことも、酪農を選ばなかった理由でした(※)。そんなのつまんないじゃないですか。
酪農を継ぐ決心をしたのは、3年くらい畑を一生懸命した後です。面白そうに酪農を営む牧場との出会いと、平成8年の規制緩和が重なったタイミングだった。
今では、牛乳やヨーグルトなどの配達をメインに、ランチマーケットではパティシエが季節ごとに採れる果物と掛け合わせたメニューも提供するようになりました。
数年前からチーズも初めたけれど、クリームチーズだけはパティシエの納得いくものができていなくて、使ってもらえないんですよ。クリームチーズのスイーツ誕生が今の目標だね。
(※)平成8年(1996年)以前は、食品衛生法に基づく「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(乳等省令)」により、牛乳の製造・販売には国の定める設備基準や衛生管理を満たした施設が必要とされていたため、平成8年の規制緩和以前は、個人の牧場が自ら搾った牛乳を加工・販売することは、現実的に難しい状況だった。


農業は人との出会いの連続だからこそ、効率よりも、顔が見える関係を選び続ける。
掛川の街で暮らしていると、しばちゃんの配達トラックをよく見かけます。
配達は就農当時から絶対やろうと決めていたんだよね。ずっと続けているけど、これは楽しいですよ。近況を聞いたり世間話をしたり。週に1度、2日かけて100人くらいいる自分のお客さんに会いにいきます。
長い人だと30年の付き合いで、みんな歳も大きくなっているから、元気かどうかの確認になっている面もあってね。商売として効率を考えれば別のやり方があるだろうけれど、自分にとっては直接会うってのがとても大切です。
配達を分担している家族にも、それぞれに「自分のお客さん」がいて、思い入れをもってお付き合いさせてもらっています。

話すうちに自然と明るい気持ちにさせる柴田さんが週に一度来てくれたら、お客さんも元気になるでしょうね。「しばちゃんのファン」もいそうです。
いろんな人との出会いがありますね。昔、サラリーマンの友人から「農業は孤独だぞ~。出会いがない」って忠告されたことがあるんだけど、農業をしていると出会いは無限だよ。
逆に会社で狭い人間関係の中にいる方が、限られているんじゃないかな。
例えばこの10年、原泉地域ではアートプロジェクトで盛り上がっていて、毎年アーティストがやってきます。普段の掛川では出会えない彼らも面白い存在です。
とはいえ、自分の根っこの部分は、一人で黙々と作業する方が向いてるんだろうね。牛の世話も、農作業も、毎日コツコツ同じことを続ける仕事だから。

命を預かる仕事だからこそ、終わりのことも考え続ける。
商売としてのノウハウだけでなく、ご自身が面白い、大切だと思うことを実直に続けられてきたことが今につながっているんですね。これから先、何かやろうとしていることはありますか。
商売だから、続けていくための選択を強いられることもありますが、それを抜けば農業ほど楽しい仕事はないよ。野菜も米もチーズも、どれだけやっても奥が深い。牛たちもかけがえのない存在だしね。当たり前の世話をしているだけなんだけど、この牧場の牛は人懐っこいと言われます。僕ら人間側の接し方がそうさせるんでしょう。
だからこそ、酪農を辞める日も自分で決めるつもり。
これから起こるだろう自然災害を見据えて、いつまで牧場を続けられるかは考え続けています。命を背負うってそういうことだしね。
それまでは、この毎日の仕事を続けます。何かしら作っているうちは配達も継続するでしょう。だって面白いからさ!
農のある生活を面白がり、面白がっている人にたくさん会いにいく。これからもそうであり続けたいね。

取材・文:高橋 咲月(コンセプト株式会社)
もうひとつの横顔
『愛畜家』
柴田 佳寛さん
柴田さんがポツリと語った「おしまい」の話。
営農する全国の仲間には、自然災害によってすべてを失うような状況に直面した人もいると言います。
特に酪農は、地震などでインフラが断絶されると、牛たちの命に直結します。
静岡県は南海トラフ地震がいつ来てもおかしくない土地。
だからこそ、続けるかどうかだけでなく、終わりをどう迎えるかも自分で決めておきたい。
そう話すしばちゃんは、少し寂しそうに、それでもきっぱりと笑っていました。